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終活支援〜最初で最後の父親孝行(4)ドライビング・ホーム [日記]

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荷物を車に積んだ後は、父は電車で帰り、
我々は宅配便の配送センターに行く予定だった。
しかし、量を読み間違っていた。
本がぎっしり詰まった箱は、
1つ30kgくらいありそうだった。

30kgが6箱、それに大きな碁盤もあると、
料金がいくらかかるのか。
さらに、荷物が実家に到着した後、
父に全部運べるのか。
不安だらけだった。

「お義父さん、帰りのチケットは
 もう買ったんですか」

私の不安を察したのか。
そんなタイミングで、
妻が父にそう聞いた。

「いいや」

この先の会話は予想できる。
父の答えは絶対にノーだ。

「でしたら、私たちと一緒に
 乗って帰られませんか。
 この車なので、乗り心地さえ
 気にされなかったら」

「いや、そんな事気にせん」

あれっと思っているうちに、
妻は父を後部座席に案内した。
目の前で起こっていることが信じられなかった。

父は、妻の勧めに従って
すんなり乗車して、一緒に帰ることになった。
父は電車で本を読むのが好きなので、
帰りもそうするだろうと思っていたのだ。
さすがに電車の乗り換えも、
年齢的にしんどくなってきたのか。
だとしたら、同乗してくれることになって良かった。

我々の最初の予定は、
配送センターに荷物を預け、
夜8時までに大阪市内まで帰って
レンタカーを返す、となっていたが予定変更。
レンタカーの予約を明朝までに延長した。
これで父と本を家に届ける時間ができる。
妻の見事な機転だった。さすがは私の妻だ。

「お義父さん、もしかしたら酔います?
 だったら助手席に」

「酔うか!」

妻が車酔いの心配をすると、
父は変に強い口調で返した。
妻の質問が、謎の怒りポイントを刺激したのだ。
そのへんはやっぱり父だった。

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親戚に丁重にお礼を言って、
父の生家を後にした我々3人は、
近くのコンビニに立ち寄った。
作業中、休憩していなかったので
コンビニコーヒーを買って、
親戚からもらった焼き菓子を食べるためだ。

ここで、父はコンビニコーヒーを
飲んだことがなかったことが判明した。
プラスチックのふたの、飲み口の部品を
どうするのか知らなかったので、
私が指で押して飲めるようにした。

父が次に言いそうなことは、
『こんな下等なコーヒーは飲んだことがないからな』
だと思ったが、何も言わなかった。
その代わり、コンビニコーヒーを
すぐに飲み干して、空のカップを静かに置いた。
飲んだ後も、何の文句も言わなかった。

「ところで、今日の費用は
 いくらくらいなんかな」

父は財布を取り出していた。

「いや、いいよ。まだ終わってないから。
 成功報酬ということで」

そう言って保留にしてもらった。
今日のひと仕事は父へのプレゼントにしたいので、
忘れてくれればいいが。

大阪へ向けて走り出すと、
道は空いていたものの、
車内は暗くて本も読めない、
好きなクラシック音楽もかからない。
父はそのうち機嫌を損ねて、
難しい顔をして黙ってしまうのが予想できた。
つらい道程になりそうだった。

「実は昨日、メルカリという単語を
 初めて覚えてな」

父は、そんな話をし始めた。
同じ趣味の友人たちと集まって飲んでいる時、
高級な酒の空き箱がメルカリで
売れると聞いて、驚いて覚えたという。

そんなふうに、たまに話をして、
しばらく黙って、また話をして。
そうしているうちに、明石SAに着いた。
トイレ休憩をして、軽食を食べることにした。
父は「まねきの駅そば」を注文した。

今度こそ、「姫路駅で昔食べた駅そばは
こんなもんじゃなかった」とでも言うと思ったが、
黙って完食すると、うん、とだけ言った。
美味しかった時の反応だ。

まるで、いたって普通の家族のドライブのようだ。
私の予想では、父は変わり者で気分屋で、
絶対にこうはならないはずだった。
車に同乗する時も、コンビニコーヒーの時も、
私の予想は当たらなかった。
どうやら私は、自分で思っているより、
父のことをわかっていなかったのだ。

* * *

明石からはまっすぐ実家を目指した。
大阪府に入ってしばらくすると、
さすがに父も疲れてきたのか、今どの辺かと聞いた。
浜寺公園の手前と答えると、
もうそんなところか、と少し驚いていた。

やがて実家に到着し、本の山を下ろした。
母は、我々が3人で帰ってくると
聞いていなかったので驚いていた。
妹は、玄関先に積まれていく箱を見て
「迷惑な…」と一言、言ったが
父は意に介していなかったようだ。
懐かしい本の詰まった箱を、満足げに眺めていた。

母に夕食を勧められたが、
あまり遅くなると明朝のレンタカー返却が難しくなるので
食べずに帰ることにした。
また今度ということで。

最後に車に乗り込もうとすると、
父が私たちを呼び止めて、封筒を差し出した。
加古川を出る時に「成功報酬」と言ったやつだ。
父は物覚えが異常にいいから、やはり忘れてくれなかった。

さすがに断れないので、ありがとうと言って受け取った。
けっこうな額が入っていた。
かかった費用の2倍くらいある。
それだけ満足してくれたのなら、
これはこれで嬉しい。

また来ます。

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